「南砺市」という地名を知ったのは、つい最近のこと。たまたま出身者の女子と知り合ったのだけど、その子は東京でバリバリ働いて休む暇もなさそうなのに、自分の出身地が大好きで、たびたび帰っては畑仕事をしたり山に登ったりしているとのこと。ちょうど地域での暮らしに関心があった私は、彼女の話を聞いているうちに南砺に行ってみたくなり・・・というタイミングで、この「さすらいワーク」を知った。
「さすらい」という言葉にピンと来た私は、それこそ飛ぶような勢いで、夜中に東京を抜け出して、関越道を北上し、朝には南砺にいた。20年ぶりの富山だけど、その間に北陸新幹線の開通やら、高速道路の整備やらで、都心からでも大幅にアクセスが良くなっていて驚いた。
日本全国私のふるさと! と感じられる生き方を探して
そもそも私は、300年続く埼玉の農村で専業農家の娘として生まれ育った。というと、「すごい!」とか「いい環境で育ったね!」とか思う人も多いでしょうが、本人はなにしろそれが「普通」だったわけで、幸い跡継ぎもいたし、さっさと東京に出て、もはや死語となっている「キャリアウーマン」風にひと旗揚げようと思った。そんな私のキャリアを揺るがしたのが、東日本大震災だった。
当時、立ち上げたばかりの自分主導のプロジェクトも頓挫。交通網の麻痺で出社もままならない環境。SNSに溢れる不安や不幸。そして脱サラして東北に向かう友人たち。そんな群像劇を俯瞰しながら、私、何をしたいんだろう?と考えるようになり、何となく友人のNPOを手伝ううちに東北に仲間や思い出が詰まっていき、震災支援から地域おこしや地方創生に関心を持つようになり・・・とまあ、気が付いたら地域での暮らしと、これからの時代の働き方について関心を持つようになっていた。
元々私は旅が大好きで、一か所でじっとしているのは性に合わない。
それに、興味を持ったことはガンガン詰めていかないと気が済まない。
もはやひとつの地域で、ひとつのことをしながら生きていかなくても、自分の興味の赴くまま、日本中にたくさん拠点を持ちつつ、自分の力を活かせる仕事をあれこれやりつつ、旅をするように生きていけないか・・・。そしたら、「日本全国私のふるさと!」みたいに思えてステキだし、そういう人がいっぱい増えたら、この国はもっとステキになるんじゃないか?
なんて思いながら、今は東京の会社で正社員として勤めつつ、会社の既定の範囲内で、フリーライターをしたり、旅人をしたりしている。
手仕事フリーク ~城端織体験と紙漉き体験~
さて、そんな小難しい(?)前置きは放っておいて、「手仕事」が好きな私が南砺に着いて真っ先に向かったのが、城端地区に伝わる「城端織」が体験できる「じょうはな織館」。
こちらの建物、1階は城端織のショップ、2階は体験スペースとなっている。2階に上がると、現役の職人さんたちがタタン、タタンと音を立てて機を織っていた。音だけ聞くとなんとも軽やかで自分でもできそうな気になってしまったけど、これが結構難しい!
一通り説明を受けて、好きな色の糸を選び、機織り機の前に腰かけたはいいが、手の動きと足の動きがちぐはぐになってスムーズに動けない!職人さんの機織りの音が「タタン、タタン」なら、私の機織りは、「タン・・・タ、タン?」となんとも音痴で自信なさげ。でも、職人さんたちが優しく、ときに冗談も交えながら教えてくれて、なんとかランチョンマットが完成!
このほか、別の日には紙漉き体験もしたけど、こちらも和紙の厚みを均一にするのが思いのほか大変。職人さんというのは、本当にすごい。感服です。
人生で一番おいしいそば
さて、城端織の体験が終わるとちょうどお昼どきになっていたので、職人さんにお勧めのランチスポットを聞きました。教えてくれたのは井波地区にある「茶ぼ~ず」というかわいい名前のおそば屋さん。ここで私は、運命のおそばに出会うことになります。そして南砺の魅力に迫ることになるのです。
地元の人に道を聞きながら(みなさん、笑顔でものすごく丁寧に教えてくれます!)「茶ぼ~ず」に向かうと、なんと「本日は終了しました」の看板が。しかし、趣ある建物からは「ここにはおいしいそばがある」というサインしか見えません!
諦めきれない!そこで意を決して玄関を開けて頼み込んでみると、「・・・何人?一人ならいいよ。」と店主の神の声。さっそく山菜そばを頼みましたが、これがものすごくおいしい! うっすらと緑がかったそば、上に乗るなめこや山菜、さっぱりしているのにコクのある汁。大げさでもなんでもなく、三十ン年の人生で最高においしい山菜そばです!
しかし、さらなる衝撃が私に訪れます。お会計をして、おいしかった旨を伝えた時のこと。「美味しかった? よかった。実はあのそば、私たちも味見をしていないんだよ。」
「・・・?」
「玄関にも書いたけど、今日のそば、全部売り切れていてね。だけど、ちょうど取れたばかりの新そばを打ったところで、昼の営業が終わったら自分たちで試食をするところだったんだ。試食用で一人分しか打っていなかったから、それで「一人ならいいよ」って言ったんだ。美味しかったならよかった!」と。
もう、この一言で「これまでの人生で最高においしいそば」は、「おそらく一生で最高においしいそば」になりました。そしてこのやりとりが、この移住体験の答えにもつながります。
食は生きることの基本! 稲刈り体験
さて、初日はあっという間に過ぎて、2日目はいよいよ地元の方とおしごと体験。私は福光地区の渡辺さんの畑にお邪魔して、稲刈りのお手伝いをしました。
最初に、私は農家出身と書いたけど、畑作農家の出身なので、稲刈りの経験はほとんどない。「お手伝いに来たはずが、まったく戦力外になるんじゃないか・・・?」と心配したけど、案の定!! 稲刈りって大変!(当たり前?笑)
この日は、稲を刈ったり、脱穀したり、稲刈り作業の基本中の基本なのだろうけど、ぬかるんだ水田で足が抜けなくなるわ、軍手をしたままでの細かい作業に難航するわ、稲穂と稲穂が絡まって脱穀するのにもたもたするわ、お手伝いに来たはずがお手伝いされっぱなし!(泣)
そんな状態の私でも、渡辺さんはじめ地元のみなさんは笑顔でいろんなことを教えてくれる。お米のこと、自然の豊かさや厳しさ、地域の歴史、家族のこと。休憩時間にみんなでいただいた食事は、本当においしかった。作り手と共に囲む、その人が育てた食材を使った食事は、本当に格別だ。
南砺の食材を料理してみる!
さて、私には移住体験をする際に必ずやることがある。それは、地元の食材を使った自炊。地元の店で買い物をして、地元の食材を使って、自分で作る。これをやらないことには、短期でも長期でも、本当に移住した時に暮らしていけるかなんてわからないと思う。
ちなみに今回私が体験移住させてもらったのは、南砺市が体験ハウスとして貸し出している3つの住居のうち、「西赤尾体験ハウス」。
こんな感じで、普段東京のワンルームマンションで暮らす人間からすると「お屋敷」です。(案内してくれた役所の方に、「狭くて不便かけますね~。」と言われたけど、全力で首を横に振りました・笑)
さらに、体験ハウスの斜め向かいは地元の商店で、必要最低限のものはそろいます。
実は、農業体験をさせてもらった渡辺さんからお米をいただいていて、合わせてお野菜も購入させていただき、道の駅や商店で揃えた素材や調味料を使って、こんな感じで完成!地元で採れたものを、自分で料理して食すとき、「暮らし」がぐっと身近になる。
ちなみに体験ハウスにはWi-Fiがあるので、フリーランスにはとっても便利。夜の時間で東京の仕事を処理していると、日中の牧歌的な風景とのギャップのせいか、メリハリがついて短時間で仕事が進みました。
合掌造りの村、息づく文化
PCに向かって仕事をして、ちょっと気分転換したくなる時、ありますよね。
そんな時におススメなのが、合掌造りの村々を見て回ること。私が過ごした「五箇山地区」は、実は合掌造りの里なんです!(合掌造りというと飛騨高山のイメージだけど、実は南砺市も同じ文化圏!)
体験ハウスから徒歩3分くらいのところに国の重要文化財に指定されている「岩瀬家」があるし、車で数分走ると二つの合掌造り集落もある。観光地化されているけど、実はまだ住んでいらっしゃる住人もたくさん。都会では絶対に感じられない澄んだ風と、木の葉の音と、高く青い空、そして文化と歴史を背負う高い屋根。ぜひ気分転換に見学してみて!
私が思う、地域の暮らしで一番大事なこと
そうして南砺での暮らしはあっという間に過ぎ、今、私は東京のワンルームマンションに戻っています。ここでの暮らしも結構好き。
でも、南砺で過ごした本当にわずかな時間は、深く心に残っている。
農作業体験をしたとき、たまたま、渡辺さんのところに農業を習いに来ている人と一緒になった。30代と思われる、隣県に住む男性。ご結婚して家族もいるけど、みんな連れて南砺への移住を考えているとのこと。
私はある答えを持って、その人に聞いてみた。
「あまたある地域の中で、南砺に心惹かれたのはなぜですか?」
彼は、言いました。
「人が、やわらかいから。」
答え合わせは、無事完了。
城端織の職人さんも、茶ぼ~ずの店主さんも、農作業を教えてくれた渡辺さんはじめ地域のみなさんも、紙漉き職人さんも、「南砺で暮らしません課」のみなさんも、それどころか、道を尋ねた人も、買い物をした商店や道の駅の人も、みんなみんな、温和で温かく親切で、よそ者にも優しい。
いくつかの地域を見てきた私が思う、地域の暮らしで一番重要なことは、そういうことだ。
そして南砺市には、それがあると感じた。
また行きます。
冗談ではなくて、また帰ります。
そう誓いたくなる、素晴らしい地域でした。
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