『それはまるでー、まるで夢の景色のように、美しい眺めだった』

某アニメ映画の有名な台詞を思わず口にしてしまいそうなこの場所は、岡山県の赤磐市内にある桃畑。この景色は桃畑に設置された防蛾灯が照らし出すものであり、桃の旬を迎える夏の期間だけ見ることができる。

岡山の桃といえば “白桃”。普段、私たちが目にしているピンク色の桃よりも柔らかく果汁が多いのが特徴だ。今回、さすらいワーカーとして岡山県赤磐市に訪れた。自然豊かで歴史的文化財も多く残るこの場所で、まちと白桃の密接な関係について迫った。

赤磐市ってどんなところ

赤磐市 (あかいわし) は岡山県の南東部に位置しており、12年前 (2005年) に山陽町・赤坂町・熊山町・吉井町の4つが合併してできた市である。

ここ3年連続で岡山県内の【住みやすさNo. 1地域 *】に選ばれており、中四国・九州地域内でも【第6位】と、移住地として人気が高まっている地域である。(* 東洋経済オンライン、”住みよさランキング 中四国・九州編 (2015 – 2017)”より)

自然豊かな土地から採れる作物は、白桃・マスカット・ピオーネといった果物はもちろん、黄ニラやゴボウといった野菜、そしてお米にまで多岐にわたる。

その中でも、昨年 (2016年) に公開された映画 “種まく旅人~夢のつぎ木~” は赤磐市の白桃農家が舞台となっており、桃畑や市役所など赤磐市の名所がたくさん登場している。

「人の手で一つ一つ選別」白桃の選果場を見学してきた

△一つ一つ人の手によって桃を選別していく (※許可を得て撮影しています)

今回、赤磐市で白桃農家をされていらっしゃる西岡良高 (にしおか よしたか) さんに案内をしていただいた。西岡さんは赤磐の地で50年以上白桃農家を営む大ベテラン。今は岡山東農業協同組合モモ部会で部会長も務めていらっしゃる西岡さんのご厚意で、市役所のすぐ近くにある選果場の中を見せてもらうことができた。

△箱詰めされて出荷前の白桃:箱には等級 (ランク) と入数が記載される

桃のいい香りが漂う選果場の中を歩いていると、西岡さんが足を止めてある方向に指を差し出した。

「ここでは、“人の手で” 桃を選別して箱に詰めていくんじゃ」

そう言われて見てみると、確かに選果場に運ばれてきた白桃が人の手によって分けられている。ここでは白桃にキズがないか、形に問題がないかなどを一つ一つチェックしていく。

白桃の旬は7~8月にかけてであるため、取材をした7月下旬は特に出荷量が多い。1日に何万個という白桃が運び込まれることから、瞬時に判別するのはもはや職人技の領域である。

チェックを受けた桃はレーンに載せられ、機械によって大きさと糖度が測定される。その情報を元に、ロイヤル > キング > エース > 無印と4段階にランクづけされ、箱詰めされるという。

△ 出荷前の箱詰めされた白桃:1個で1,000円以上になる高級品

 

最高級品!清水白桃の収穫体験をさせていただいた

△収穫体験の様子:オレンジ色の袋の中に白桃が入っている

そして、お待ちかねの白桃畑へ!ここでも桃のよい香りが鼻をくすぐる。当日はあいにくの雨となってしまったが、何とか小降りになった時間をみて収穫体験をさせていただいた。

西岡さんの畑では5種類ほどの白桃を育てており、今回収穫させていただいたのは桃の女王とも呼ばれる “清水白桃 (しみずはくとう)”。白桃は品種によって収穫できる時期が少しずつずれているため、複数の品種を育てることで長い期間出荷をするのだとか。

果物の収穫自体がほぼ未経験の私にとって、とてもデリケートな清水白桃の収穫ができるのだろうか…そう思っていた。事実、西岡さんも選果場にてこうおっしゃっていた。

「白桃はとても繊細じゃけ、収穫から箱詰めまでキズがつかんようかなり気ぃ遣うんじゃ」

ちょっとでもキズがあると商品価値はほぼ無くなり出荷できなくなると言うので、ますますビビッていたのである(笑)

だが、実際に収穫してみた感想は「思ったよりも簡単」であった。否、そう思えたのは西岡さんの教え方が上手かったからであろう。採り方は左手で枝を掴み、右手で袋ごと、少し力を入れて白桃を引っ張るだけである。

白桃を手にとってみるととても柔らかくて、ーまるで生まれたての子猫や子犬を抱いているようなー、すごく愛おしい感覚であったのを覚えている。

△採れたての白桃:西岡さん曰く、手のひらサイズがちょうどいい大きさだとか

いくつかの白桃を無事収穫し終えたので1ついただいてみた。そのままでもいい香りがするのだが、切ってみるとより一層香りが広がる。真ん中にある種を取り除き、一口大に切ったのをそのままパクッ…と。

「めっさやわらかい……!甘い!!」

カメラマンの小倉とともにそう呟いた。食レポとしては0点かもしれないが(笑)、こう言わずにはいられなかった。桃は元々柔らかいとはいえ、もう少し歯ごたえのあるのを想像していた。

だが、清水白桃は違う。この感覚を形容すると、まるで雪を食べているような感じである。白桃が載せられていたお皿は、気がつけば空っぽになっていたのは言うまでもない。

一つ一つの袋がけがあるからこそ、美しい白桃になる

△こんな感じで袋がけされている:ちなみに、この袋は遮光性が強く雨でも破けない専用品

実は、一言に白桃とは言っても、そのまま育てていれば白色になるわけではない。白桃の栽培で特徴とも言えるのが、ブドウのように1つ1つの白桃に袋がけをしていることである。この袋があるおかげで直接太陽の光を浴びないため、白いまま熟すという。

裏を返せば、袋がかけられていないと、-たとえ育てている品種が白桃であってもー、赤く熟れてしまうという。もちろん赤く熟しても食べられるが、日の光で皮が厚くなるため、白桃の醍醐味である柔らかさ、そして味そのものが劣ってしまうとのこと。

袋がけは毎年6月頃、実が梅ぐらいの大きさになったら “すべて人の手によって” 行われるという……!

ーーー 1本の木からどれぐらいの白桃が採れるんですか?
西岡さん「だいたい700ぐらいかね」
ーーー なっ…700!?
西岡さん「それでも、蕾、花、実がなったときにその都度間引いて、1つの枝から2~3個しか採れないようにしとるんじゃけどな」

雪のように白く柔らかな白桃は、農家さんたちが一つ一つ丁寧に、そして愛情をこめて育てた結果なのである。

余談であるが、西岡さん曰く桃は木を植えてから実をつけるまで3~4年はかかるという。「桃栗三年柿八年」。昔の人の言葉ってすごいな……と一人感動していた。

△西岡さん宅の白桃畑にて:左から針谷(筆者)、西岡さん、カメラマンの小倉さん

現在生産されている桃は、全て岡山の “白桃” がルーツ

農林水産省の調査によれば、全国で栽培されている生食用の桃の作付面積を見ると、あかつき(18.3%)・ 白鳳 (15.6%)・川中島白桃 (13.4%) が上位3位を占め、桃の女王・清水白桃は6位(4.0%)となっている (※農林水産省 平成26年産特産果樹生産動態等調査より)。

だがあまり知られていない事実だが、現在日本で栽培されているほぼ全ての桃の品種は、100年前に岡山県で発見された白桃がルーツとなっているのだ。

今から140年ほど前の1,875年、中国より “上海水密” “天津水密” という2つの桃が岡山県に伝来した。元々、岡山県では2,000年前の遺跡から桃の種の出土が確認 されていた (=桃の栽培があったことを意味する) が、水密桃 (すいみつとう) と呼ばれるこれら二つの桃は、当初の桃よりも実が大きく、そして非常に甘かったという。

これらをベースにして、当時の稗田村 (現:赤磐市) 生まれで桃の生産振興に関わっていた小山 益太氏が “金桃” や “六水” という品種を開発。さらに、小山の弟子であった弥上村(現:岡山市) 生まれの大久保 重五郎氏が、1901年に上海水密を改良し新たな品種を誕生させた。それがいわゆる “白桃 (区別して純白桃とも言われる) ” であり、今日日本で出回っている桃の品種はこの白桃をベースに品種改良を重ねたものである。

小山と大久保は果物王国岡山の立役者と言われ、赤磐市内には彼らの石碑があるほどである。このように、今日において岡山県が “果物王国” と呼ばれる所以は、単に収穫量が多いというだけではなく、こうした歴史的な背景も大きく関係している。

△赤磐市内にある是里 (これさと) ワイナリーでは市内産の清水白桃を使ったワインも販売している

白桃は私達が忘れかけていたものを気づかせてくれた

赤磐市は高速道路が通っているものの駅までは遠いため、どこへ行くにも車は必須である。飲食店や居酒屋だって少ないし、市内は山で囲まれている。

だが、それでも人を惹きつける魅力がこの地にはある。おいしい食べ物、豊かな自然、歴史ある土地、幻想的な風景……、色々と思い浮かぶがどれも元を辿るとそこには白桃の存在があることに気がついた。

もちろん魅力的なのはモノだけではない、そこにいる人もである。市内で夕飯を食べていたところ、そこのおばあちゃんが声をかけてくれた。

「茨城?遠くから来たねぇ~。何もないところだけどゆっくりしてってな~」

それを聞いてちょっと驚いた。普通、「何もない」って言うとやや自虐的な意味をこめて言っていることが多いが、ここで出会った人からはそういったのを全く感じなかった。むしろ、この赤磐の地に住んでいることを誇りに思っているのではないか。

利便性で言えば確かに都会には叶わない。だが、この赤磐はそうした利便性よりも「自然の中で人間らしく暮らしていく」という、現代人が忘れかけている何かを気づかせてくれるのかもしれない。そう強く感じた。

「また来よう、あかいわ。」そう思いながら700km先の茨城に向けて車を走らせた。

おわりに

・コーディネーターをしてくださった、赤磐市役所まち・ひと・しごと創生課の須波輝臣さん。
・白桃の収穫体験と選果場を見学させてくださった、白桃農家の西岡良高さん。
・カメラマンとして同行してくれた、千葉県にあるコワーキングスペースまるもの店長である小倉望さん( @ robotenglish )。
・美しい防蛾灯の写真を快く提供してくださった、岡山県在住のプロカメラマンである木村琢磨さん木村琢磨さん( @ PhoTones_Re )。
・道中で出会った多くの方々。

大変お世話になりました。この場をお借りして感謝を申し上げます、ありがとうございました。

[1] 東洋経済オンライン、 “住みよさランキング 中四国・九州編”、2015 – 2017.
[2] 山陽新聞社(編)、 “岡山くだもの紀行”、2010.
[3] 農林水産省、“果樹品種別生産動向調査 もも{生食用}”、
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001173724、2014.
[4] 村上進通、 “吉備国「農」の風景 ー生命産業・人間産業讃歌”、山陽新聞社、2013.
[5] 村上進通、 “吉備国桃ものがたり断章”、岡山農山村地域研究所、2015.
[6] 赤磐市ホームページ、http://www.city.akaiwa.lg.jp/index.html
[7] 岡山県古代吉備文化財センター、 “岡山は今も昔もモモの国”、
http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kodai/toukaku-top.html
[8] JA全農おかやま 園芸部、 “岡山の桃”、https://www.014okayama.jp/fruits/hakuto/
(※ 情報はすべて2017年7月時点)

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