2019年秋、2つの台風が日本列島を襲い、被災した地域はそれぞれが懸命に復興への道のりを歩んでいます。昨年のどちらの台風も、被害は都市部でも一部あったものの、多くは移住先としても人気のある地方に集中しました。

移住先として人気を集める南房総市は、2019年9月9日に上陸した台風15号により甚大な被害を受けました。このたびLOHAI編集部では、実際に被災した南房総エリアの移住者の方々、フリーランスの方々にお話を伺い、「移住フリーランスの災害ハック」としてまとめました。

今回は、館山市で「農と健康がある田舎暮らし」の発信拠点「土の環」を主宰する土屋裕明(つちや・やすあき)さんにお話を伺いました。

本当の意味での「健康」を求めて移住。
そして「土の環」立ち上げへ

台風通過後、瓦が落ちブルーシートで覆われた「土の環」の屋根

台風通過後、瓦が落ちブルーシートで覆われた「土の環」の屋根

――最初に、ご経歴と現在のお仕事について教えていただけますか?

千葉県成田市近くの小さな町の出身で、専業農家を営む家で育ちました。専門学校進学を機に上京、フリーランスのパーソナルトレーナーとして仕事をしていました。2014年、将来の子育てを見据えて南房総市に移住、2016年12月に館山市の現在の家と農地を購入し、現在は妻と義両親、子ども2人の3世代で暮らしています。「土の環」の活動をしながら、現在も週2日は東京でパーソナルトレーナーの仕事をしています。

――なぜ、東京から移住しようと思われたのでしょうか?

ずっと体に関わる仕事を続けていて、健康に対しては高い意識を持っていました。キャリアや経験を重ねるにつれ、健康という視点から、都会で生活を続けることへの疑問が大きくなっていきました。実家が農家だったということも大きいかもしれません。地方に自分のルーツがあるから、地方の方が生きやすい気がしたのです。

――現在取り組まれている、「土の環」立ち上げの背景を教えていただけますか?

移住を考えていた頃から、移住後、将来的に何をしていくかを妻と話し合っていました。妻はダンスインストラクターですが、二人の経験を活かした何かをしたいと。ただ運動をする、フィットネスをするというだけではなく、もっと全体的に「健康」を考えたい。滞在してもらって、野菜を収穫し、それを使って料理を作り…といった、何気ない「農」の暮らしの中に健康につながるものが凝縮されている、そんな体験をできる場を作れたらという思いから、「土の環」を始めたのです。

3年かけて改修した古民家の屋根が壊れ、浸水も

台風により損傷した納屋の屋根。皆で力を合わせて瓦を下ろす

台風により損傷した納屋の屋根。皆で力を合わせて瓦を下ろす

――台風15号の被害について、お聞かせいただけますか?

「土の環」の拠点となる古民家の再生が終わり、いよいよ宿泊者を迎え入れよう…というところで台風に遭いました。古い農家の家なので、母屋のほか蔵や納屋もありましたが、すべての屋根に被害がありました。屋根の損傷のために雨漏りし、壁や床にシミができてしまいました。

――そんなタイミングで被災されてしまったのですね。精神的にもつらい状況であったこととお察しいたします。

家と農地を購入した2016年から、できるところは自分たちの手で改修を進めてきました。業者さんに丸投げできればよかったのですが、やはりコストがかかるので…。地元の大工さんに手を貸してもらいつつ、東京での仕事や子育ての合間を縫って、コツコツと。

それがやっと終わり、まずは知り合いや身内から宿泊してもらって、これから少しずつ経験値を積み重ねていこうと思っていた矢先だったので、やはりダメージは大きかったです。でも、落ち込んでいても始まりません。業者さんがなかなかつかまらないので、改修の時のように自分でできるところから少しずつ修繕を続けています。

――生活の面で、被災後に大変だったことは何でしょうか?

やはり、情報が得られない不安は大きかったですね。停電のために携帯も使えなくなり、防災無線も壊れてしまって、しばらくは情報源がラジオだけという状態が続きました。

まだ暑い時期ではありましたが、お風呂のお湯が出ず水シャワーだけという日が続くのはこたえました。そして、電気もテレビも点かないので暗くなったら眠るしかない。外で遊ぶことはできましたが、普段と大きく異なる生活は、子どもにとっても大きなストレスだったと思います。

大きな災難のあとは、縁をつないでいく時期だと思う

納屋から下ろした瓦と粘土で作ったかまどとピザ窯

納屋から下ろした瓦と粘土で作ったかまどとピザ窯

――未だ復興の途上であると思いますが、今後の展望を聞かせていただけますか?

台風の前のように人が泊まれる状態にするには、まだまだ時間がかかると思っています。でも、人が集まって楽しめるイベントは定期的にやっていきたい。損傷した屋根から下ろした瓦を使ってかまどを作り、2月には「楽しくご飯を囲む会」を開いてピザや炊き込みご飯などを皆で楽しみました。

昨年末、「土の環」の再生資金を集めるために、稲わらでしめ縄を作ってSNSで販売をお知らせしたのですが、友人からそのお知り合い、知人のお店など、つながりを経て想像以上に多くの方が応援してくださいました。そうしてつながった方々から声をかけて実際に来ていただき、少しずつ復興している「土の環」を知ってもらえればと思っています。

――これから移住や多拠点居住を考えている人へ、何かアドバイスがあれば。

今回の被災の様子などを知ると、もしかしたら移住をためらってしまう人もいるかもしれません。でも、僕自身は移住をまったく後悔していません。日本は災害大国であり、都会でも地方でも、どこに住んでいても何らかの災害に遭う可能性はある。今回は、たまたまそれが南房総だったということだと思います。

そして、こうした大きな出来事のあとは、移住のひとつのチャンスであるとも感じています。実際に今回の台風の直後、知人が南房総に移住してきました。家を譲ってもらい、移ってきたということです。地方では土地や家に対する思いが強く、使っていなくてもなかなかそれらを手放さない人も多いのですが、こうしたタイミングで次の人に託そうという人が出てきます。古い何かを継ぐのはひとつの縁。南房総エリアでは、今そうした縁が生まれやすい時期と言えるかもしれません。

▼土の環
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