午後の2時過ぎ、インターチェンジを降りると澄み渡る青い空が出迎えてくれました。気温こそ25度位あるものの湿度は低く、道端にススキの穂が揺れる中、深く息を吸い込むとすでに秋の気配が色濃く感じられます。昼前に出発した仙台市の気温が30度だったので、この街の乾いた風は大変心地のよいものでした。

こんにちは。さいかわと申します。1か所に留まって仕事をするのが大の苦手。今もリモートワークで食べている根っからのさすらい人間。
そんな僕がさすらいワークで訪れた先はリゾート地として有名な岩手県八幡平市。2泊3日の短い期間でしたが、忘れえぬ思い出とかけがえのない出会いを僕に残し、体の芯から癒される、そんな旅となりました。

八幡平市の歴史に触れてみた

大正から昭和40年代中頃までは鉱山の街として栄え、バブル期はスキーのメッカとして若者に絶大なる人気を誇った街。様々な歴史に彩られた八幡平市は何を語り掛けてくれるのか、僕はカメラを手にさすらうことにしました。

ウィンタースポーツの街から「スポーツのまち」へ

安比(あっぴ)高原はスキーヤーやスノーボーダーの聖地。都市部に住むスキーヤーやスノーボーダーにとって、「APPI」というステッカーをリアガラスに張った四輪駆動車を走らせるのは一種のステータスにもなっています。「APPI」ブランドが定着したのはバブル期と言われていますが、いまでもブランドの輝きが色あせることはありません。

スキーをしない丘サーファーならぬ街スキーヤーでも、ステッカーが入手できれば得意げに張ってしまうほど。

(引用:http://img-cdn.jg.jugem.jp/fae/2442060/20130531_1694859.jpg

一時期の熱狂的ブームが収束したとはいえ、八幡平市はウィンタースポーツ愛好家にとってはいまだ憧れの街であり続けているのです。
そんな八幡平市が今ラグビーの街として俄然注目を集めているのをご存知でしょうか。
ラグビーの夏合宿と言えば、長野県上田市の菅平(すがだいら)高原や山梨県の山中湖村が有名ですが、今は八幡平市もラグビーの合宿誘致に力を入れているのです。現在市内には全面芝のグラウンドがなんと9面もあるとのこと!社会人リーグの強豪、パナソニックワイルドナイツというチームも八幡平市で夏合宿を行っており、多数のラグビーファンが見学に訪れ賑わったそうです。

2019年のラグビーワールドカップは日本で開催されます。同大会は、オリンピック、サッカーワールドカップに次ぐ規模を誇るスポーツイベント。八幡平市では「スポーツのまち」を世界にアピールするため、ラグビーワールドカップのキャンプ候補地に立候補しているそうです。

実現すれば世界の強豪チームが八幡平市にやってきます。巨漢選手の迫力あるぶつかり合い、スプリンター顔負けのスピードスターたちの練習風景が間近で見られるのかと思うと心が躍りますね。
ウィンタースポーツの街からラグビーを通じて「スポーツのまち」へ。芝生の美しいラグビー場にたたずむと八幡平市が新たな歴史を刻もうとしている胎動が感じられるのでした。

鉱山とともに生きた街

市の南西部を通るアスピーテラインを登っていくと、森林の中に突然巨大な建物が何棟も現れました。緑の中で浮かび上がる集合住宅は異様な雰囲気を醸し出しています。ガラスの残っている窓はなく、完全なる廃墟。これが「東の軍艦島」とも称される松尾鉱山跡地なのです。

大正時代に稼働し始めたという松尾鉱山。最盛期には国内の硫黄生産高の3割を占め、集合住宅には、鉱山従事者やその家族、約1万5千もの人々が暮らしていました。

現在は取り壊されていて、その跡さえも見ることができませんが、住宅の周囲には学校、病院そして映画館までそろっていたそうです。松尾鉱山は標高1,100mにあったことから、その繁栄の様は「雲上の楽園」と呼ばれるほどだったと言います。

風が草木を揺らす音、初秋の虫の音しか聞こえないはずなのに、目を閉じると1万5千人の生活の喧騒がよみがえってくる、そんな錯覚さえ想起させる圧倒的な歴史の重みを松尾鉱山跡地からは感じ取ることができました。

八幡平市で魅力あふれる人々に出会う

素晴らしい自然に恵まれた八幡平市ですが、そこに住む人々もとても魅力的。八幡平市には僕を心から癒してくれる沢山の素敵な出会いが待っていました。

先進農家で農業体験

さすらいワークの主な目的のひとつは農業体験です。僕がお世話になったのは畑作農業を営んでいる小野寺敦子さん。ふるさと納税返礼品用の野菜も栽培している先進農家です。
トウモロコシ、ピーマンなどの収穫を体験させていただくはずだったのですが、あいにくの大雨。そこでピーマンの出荷準備(枝切・袋詰め)に予定を変更。

収穫済みのピーマンに残っている短い枝を切り落としてから、販売用の袋に詰めていく作業を手伝わせていただきました。
写真を見ていただくと分かる通り、ピーマンは収穫時に短い枝が残ります。袋詰めをする前にこの枝をピーマンの実ギリギリのところから切り落とします。枝を切り落とさないと袋詰めしたときに、他のピーマンに傷をつけてしまうのです。そのため1個1個丁寧に切り落としていきます。

農業は大自然相手なので、大雑把なイメージを持つ人が少なからずいるようです。ところが実際は、ピーマンの枝を落とすような細かい作業がとても多い産業なのです。
農作物を食べてくれる人々のために農家の人たちは細かい作業もいとわない優しい心を持ち合わせている、そんな風に感じます。

基本的に農業に携わっている人は優しい、というのが僕の持論なのですが、小野寺さんも例外ではなく、とても優しい心の持ち主。厳しい自然と対峙すると、人は優しくならざるを得ないのかもしれません。それが農家の方々の悟りの境地なのかも、僕はそんなことを思うのです。

天候が悪く収穫作業はできませんでしたが、小野寺さんからいろいろなお話を伺い優しさに触れることができ、僕にとっては恵みの雨だったのかもしれません。

心優しき地域おこし協力隊員

さすらいワークの滞在期間中、観光名所に連れて行ってくださったり、農業体験を行う農家へご案内くださったりと大変お世話になったのが、地域おこし協力隊員の菊池光洋さん。

菊池さんはかつて盛岡で働いていたのですが、八幡平市に魅了され地域おこし協力隊に応募されたそうです。お忙しい中時間を割いてくださり、市内をご案内いただきましたが、その博識ぶりには驚かされっぱなしでした。菊池さんのおかげで、八幡平市の隠れた魅力にも触れることができ、充実した時を過ごすことができました。

地域おこし協力隊員の任期は3年間。菊池さんは現在3年目で、任期満了後はふるさと納税に関する仕事に携わりたいとのこと。穏やかにお話される菊池さんですが、八幡平市の発展に一生を捧げる覚悟とも形容できるほどの強い意志をお持ちの方なのです。

気さくな市議会副議長さんと食事処で遭遇!

農業体験終了後、地域おこし協力隊の菊池さんにご紹介いただいた人気の食堂「味処 佐和」で昼食をとることにしました。「味処 佐和」は松尾鉱山で働く人々が憩いを求めてやってきた飲食店街のある大更地区に店を構えています。

「味処 佐和」の看板メニューは「杜仲茶(とちゅうちゃ)焼肉丼」。杜仲茶?焼肉?不思議に思っていると菊池さんが教えてくださいました。

杜仲茶焼肉丼に使用している豚肉は、八幡平市のコマクサファームで生産されたもの。コマクサファームでは杜仲茶の粉末を飼料に加えているため、豚肉特有の臭み、脂身のしつこさがないそうです。実際にいただいてみると本当に美味!

農作業後で空腹だったこともあり、杜仲茶焼肉丼を夢中でむさぼっていると、隣のボックス席に白髪の紳士が座り、突然「おぉ、久しぶり!元気にしてたか?」と威勢よく菊池さんに話しかけてきました。僕も慌てて箸を置き名刺交換をさせていただくと、この紳士はなんと市議会の副議長さん!「仙台から来てくれたの?記事で八幡平市のいいところ沢山紹介してくださいよ」と実に気さく。

さすが副議長さん、次に入ってきたお客さんとも顔見知りだったようで「ご無沙汰してます。元気ですか?」と、これまた気さくに話しかけています。
なんとも明るい市議会副議長さんとの出会いは八幡平市の人々の魅力を再認識した瞬間でもありました。

地域振興策について聞いてみた

僕のようなリモートワーカーにとって、移住者の受け入れをはじめとした地域振興策は気になるところです。そこで市役所とある民間企業を取材してみました。

地方創生に対する市の取り組み

現在の日本は少子高齢化という現象に苦しんでします。これは地方自治体にとっても同様で、労働者の減少や跡継ぎがいないことによる農家や小企業企業の廃業。空き家の増加。観光資源の荒廃。さらには税収や人口の極端な減少によって存続の危機に瀕している自治体まで出始めているのです。

八幡平市も人口の自然減は着実に進みつつあります。しかし、それを克服すべく官民一体となり、移住の促進、雇用創出、観光客誘致などの施策が次々と打たれています。
そんな数々の施策についてお伺いするため、僕は市役所を訪ねました。

対応してくださったのは企画財政課地域戦略係の関貴之さんです。地方自治体の行政に疎い僕の拙い質問にも真摯に答えてくださいました。

関さんとのお話は、企業誘致・空き家バンク・移住者対策・観光客誘致等々に及びましたが、僕が一番興味を持ったのはインバウンドへの対応についてでした。

2011年の東日本大震災によって激減した八幡平市への海外からの観光客数も、時の経過とともに回復基調にありますが、近年ある傾向が顕著になっているそうです。それは団体旅行から個人旅行へのシフトです。

関さんのお話しによると、一時はアジアからの団体旅行客がとても多かったのですが、最近は個人客、例えば夫婦や家族、カップルでの旅行が増加しているとのこと。それもアジア以外の国々からの個人旅行が増えているそうです。市でもそれらのニーズに対応できるよう、宿泊施設との連携・多彩な旅行プランの提供などを行っているといいます。

かつて海外旅行と言えば、旅行代理店が取りまとめた団体客というイメージでした。しかしツイッターやインスタグラムなどで情報が一気に拡散する現代ですから、そうしたSNSでの「口コミ」によって訪れる個人客の囲い込みが今後ますます重要な戦略になっていくに違いありません。

関さんの理路整然としたお話からは、八幡平市の観光戦略に関する未来予想図をしっかりと見て取ることができました。

民間企業の移住者への取り組み

南に岩手山、北に安比の山々を望むことができる素晴らしい立地にその施設はあります。
「オークフィールド八幡平」。先進的なサービス付高齢者向け住宅です。

高齢者向け住宅と聞くと、完全バリアフリーとか、やや閉鎖的といった印象を持ってしまいがちですが、ここオークフィールド八幡平はそうした固定概念が覆される施設。

高齢者向け住宅とは思えない瀟洒(しょうしゃ)な建物には、入居者の日常的な足腰の運動のために、わざわざ階段や段差が設けられています。
建物北側には広大な敷地があり、その一部は「オークファーム」と名付けられた農園となっていて入居者が野菜作りをすることもできます。

また、入居者の方々の中には仕事を持つ人がいたり、ボランティア活動をしている人がいたりと、皆さんとても活動的。自由な雰囲気にあふれています。

そんなオークフィールド八幡平を牽引するのは山下直基社長。

山下社長の思い描く高齢者向け住宅は、多世代のつながりがある施設。高齢入居者の英知を若者に伝える、そして若者の元気で高齢者を癒す、そんな理想に向かって山下社長は持ち前のバイタリティーで突き進んでいます。
高齢者向け住宅にも関わらず、すでに若い人たちが空いている居室に入居していて、高齢者・若年者がお互い良い刺激を与え合っているとのこと。

こうした理念に惹かれ多くの入居希望者が全国各地から見学に訪れているオークフィールド八幡平。居室が空いていれば今後も高齢者だけではなく若年層の移住も積極的に受け入れ応援していきたいと語る山下社長。時代を先取りするこの施設は福祉関係者からだけではなく地方自治体やメディアからも大きな注目を集めています。

八幡平市でリモートワークをしてみた

八幡平市は夏の避暑地として、そして冬のレジャースポットとしての重要が高かったため、リゾートマンションや別荘が多数建てられました。それらが現在、空き家物件・賃貸物件として出ているので、都市部と比べれば安価に購入・賃借が可能です。

僕が今回のさすらいワークで宿泊させていただいた物件もリゾートマンション。

ちなみに僕が泊まった部屋は1LDKで、家賃は月額7万円前後とのこと。
キッチンはアイランドタイプ。メゾネット式で寝室は2階にあります。オシャレな造りです。

夫婦2人なら十分な広さと言えるでしょう。
単身者用のワンルームもあり、家賃は月額5万円前後が相場のようです。

滞在中、マンションで仕事をしてみましたが、部屋はWi-Fi完備なのでリモートワークは快適。静かな環境なので仕事もはかどりました。
僕のように仕事場を問わない職業であれば移住先としてはかなりのお勧め地域です。
リモートワークと他の仕事を掛け持ちしたいという人も、八幡平市はリゾート地なのでリゾート関連の仕事を兼務することもできるのではないでしょうか。また、農家の繁忙期であれば短期的なアルバイトとして働くこともできそうです。
今後受け入れ態勢がさらに拡充していけば、リモートワーカーの移住先として十分検討できるエリアになり得るでしょう。

最後に

さすらいワークの日程を終え、僕は東北自動車道に乗りました。帰りの道中、岩手山を仰ぎ見ると柄にもなく鼻の奥がシュンとなってしまいました。
八幡平市の自然の美しさや出会った人々の笑顔の輝きが早くも恋しくなり、すぐにでも引き返したい、そんな感情が押し寄せてきたのです。
体の芯まで癒されるほど魅力に浸かることができた2泊3日。また訪れてみたいと心から思いながら僕は仙台に向かって車を走らせました。

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