なんて山がちな地形だろう。

それが岡山市から赤磐市へとレンタカーを走らせながら、感じたことだった。岡山県三大河川のひとつ「旭川」に沿うようにして県道27号線を北上する。車窓越しの風景は右も左も小高い山。いくつもの丘陵が飛び去っていくその様は、「岡と山」という県名そのままだ。

去年、今年と2年つづけて台湾の山岳地帯を取材旅行したが、山がちな岡山の風光は温暖な台湾を思い出させる。視界いっぱいにひろがる山並みは萌えていた。夏だ。


ハンドルの向こうは萌えの緑一色

赤磐のホームセンターで衝撃の出会いが待っていた

ナビを頼りに赤磐の中心エリアに来た。とりあえずお泊まりの細々したグッズを購入しようと、ロードサイドのホームセンターへ。お向かいのドラッグストアやスーパーも駐車場は車で溢れかえっている。市役所や図書館にも近いこのエリアだが、ショッピングセンターも控えており、車社会の片鱗が伺えた。
そんな具合に頭の片隅で冷静な観察をつづけつつ、ホームセンターのエントランスに向かう。驚いたのが、農業グッズの充実ぶりである。

北海道の農業地帯や山形県の片田舎で長期滞在した経験を持つ筆者だが、こんなに充実した品揃えは目にしたことがない。肥料や農薬、殺虫剤、植物の種といったものから始まって、果物の出荷用段ボールや梱包材までが山のように積まれている。この物量はどうみても小売店ではない。問屋のそれである。ホームセンターというのは間違いで、本当は農協じゃないだろうか?

その証拠に、「機械の修理屋さん」なるコーナーまであるではないか。


レジ前に並んだ果実の段ボールの山


赤磐の農業はホームセンターが支えている!?

「芝刈機・チェンソー・耕耘機・動力噴霧機」といった実に多様な農業機械が、ホームセンターで修理出来てしまうと言うのだ。車でたとえてみれば、自動車グッズ販売店でありながら車検やオイル交換まで出来てしまう某大手カー用品チェーン店のようなものであろうか。ノープランで入ったホームセンターで、赤磐のただならぬ一面を目の当たりにした瞬間だった。

ところがである。赤磐の先進性を思い知ったのは、その後だった。ホームセンターに隣接した駐車場で、かつて天気予報番組に2人組のマスコットのCMを提供していたことで知られる某国産大手農業機械メーカーが、最新トラクターの展示会を行っていたのだ。

広大な北の大地でも、日本有数の米所でも、トラクターの展示会をホームセンターでやっているという話を筆者は寡聞にして知らない。そういえばトラクターを間近に眺めるのは、初めてかも知れない。意外と格好いいじゃないか。少年のように、農業機械に惹きつけられる筆者。

深紅に染め抜かれた機能的なボディーが、メカメカしくて素敵だ。無骨な量産メカ好きは、意外と農村に惹きつけられるのかもしれない。


おそろしくスタイリッシュな農業機械がわんさかと

東西の落語が一度に楽しめる赤磐の魅力

なにげなく足を踏み入れたホームセンターで、赤磐の洗礼を受けた筆者。油断していたら、足元を掬われるかも知れない。
気を引き締めつつ向かった先は、赤坂公民館に隣接する「赤坂健康管理センター」。聞いた話によると、赤磐市に移住して21年になるという噺家さんの定例寄席があるという。

地方で落語に触れるとしたら、ホール寄席しかない。というのも落語は江戸と上方の文化で、それ以外の地方にはまず寄席(常設小屋)がないからだ。ところが赤磐は、中国地方の一都市に過ぎないのにもかかわらず常設の寄席(※註1)があり、真打ちが住んでいるというのだ。

なんということだろう。ホームセンターに続く不意打ちである。岡山の落語とは、寄席とは、いかなるものであろうか。是が非でも確かめねばなるまい。


寄席の会場となった「赤坂健康管理センター」。

意を決して健康管理センターの門をくぐった。筆者の気構えを挫くように、受付の男性がにこやかに言う。

「木戸賃は500円です」

ワンコインではないか。この値段で1時間半も楽しめるというのだ。至れり尽くせりである。
この日の出演は3組。林家染八さん、津山マジックさん、そしてトリを務める雷門喜助師匠だ。この喜助師匠が赤磐在住の噺家さんである。ちなみに染八さんは大阪から来た7年目の二つ目(※註2)とのこと。

岡山の落語の特徴は、大阪の上方落語と東京の江戸落語が同時に楽しめることだという(喜助師匠は江戸落語)。都内の寄席に何度か足を運んでいるが、確かに上方落語を耳にする機会はない。東西の落語が一度に楽しめるというのは、非常に珍しいことだ。

染八さんの相撲観戦をネタにした落語「相撲場風景(すもうばふうけい)」、県内の津山市から巡業してきた津山マジックさんの手品、そしていよいよ喜助師匠の高座である。演目は「八問答」健康管理センターの壇上が喜助師匠の色彩に塗り変わっていく。

通常は高座の本番中の撮影は御法度だが、事前に確認したところ「枕(※註3)の間だったら撮ってよし」とのお達しをいただいた。ライター冥利に尽きる。
この日は夏祭りの日と被っていたため客の入りが少々寂しかったが、客席は花が咲いたように華やいでいた。

枕で会場の空気をあたためる雷門喜助師匠


出演者の皆様と食後の記念撮影

会の終演後、出演者の皆さんと近くで食事をご一緒する。大ベテランの師匠だけあって、本番前の楽屋でもたいへんくつろいでおられたが、本番を終えてもじつに淡々としておられる。「一仕事終えた」という大げさな解放感は伝わってこない。高座と生活が地続きになっているようなのだ。聞けば、赤磐の寄席は師匠のご自宅とひとつづきになっているとのこと。つまりご自宅に寄席があるのだ。

喜助師匠曰く「自宅で高座をひらく噺家は関西に何人かいるので決して珍しくない」とのことだが、じつはこのご自宅、赤磐市から無償で貸与された古民家なのだ。つまり「自治体が一落語家を押し立てている」という構図。しかも「お笑い赤坂亭」は全国初の公営寄席とのことで、レアなのはホームセンターだけじゃなかった赤磐市。なんて粋なアイデアを考えたんだろう、当時の町長さん。

じつは以前長期滞在した北海道の自治体には町が所有している馬が何頭かおり、住民は格安で乗馬が楽しめた。ここ赤磐ではまちが噺家を支援しており、住民は格安で落語に触れられるというわけである。

水田に囲まれた「お笑い赤坂亭」

喜助師匠のご厚意に甘え、ご自宅兼寄席の「お笑い赤坂亭」を案内していただく流れになった。「赤坂健康管理センター」から車で10分ほどの距離だ。

見渡せば夏めいた風に水田の青い苗がたなびく環境で、つまり農村地帯だ。そんな素朴な風景の中にちょこんと寄席が建つ。聞けば、水田のカエルを狙ってヘビが出て、山からタヌキやキツネ、アナグマ、サル、シカも降りてくるとのこと。「落語=町人文化(=都市文化)」と考えていた筆者は、衝撃を受けた。既製概念が音を立てて崩れようとしている。ああ、なんと怖ろしい赤磐の魔力。

「お笑い赤坂亭」の周囲は村里


「お笑い赤坂亭」全景

この地に居を定めるまでは、東京で前座のうちから「笑点」に出演したり、ラジオ番組のレギュラーを務めるなど売れっ子だったという喜助師匠。しかし肝心の噺家として芸を磨く時間が思うように取れず、衝動的に西行きの新幹線に飛び乗った。そうして岡山市に活躍の場を移したところ、合併前の赤坂町(現赤磐市)の町長から誘いを受けてこの地にやってきたとのことだった。

50人座れるという寄席を見せて頂いた。綺麗に磨き上げられて気持ちがいい。両の壁は額やら掛け軸やら巨大な千社札やらで賑々しく、ハレの場という感じがした。毎月第4土曜日はここか「赤坂健康管理センター」で定例寄席が行われているそうだ。

せっかくなので林家染八さんと並んでいるところを撮らせて頂いたが、噺家さんが2人並ぶとものすごくおめでたい感じがするのは気のせいばかりではないだろう。


噺家は福の神

その後お茶菓子を頂きながら、赤磐での落語について話をうかがった。
「飽きられないために、枕は一月ごとに変える」などといったことから始まり、観光地を入れ込んだ創作落語、県内観光地しりとり、果ては酒席で目の前に並べられたものをすべて織り込んで即興で話をこしらえる……などといった話芸や工夫について話が止めどなく溢れる師匠。即興で話の流れを作るため、昔は楽屋でダジャレばかり口にしていたとのこと。

「一人芸だから全国どこへ行ってもいい。その土地に合えば、ずっといられる」

その言葉の通り、見も知らぬ土地にすっかり根を下ろした師匠。県内ばかりでなく全国各地、呼ばれればどこへでも行くという。さかんにテレビに出ていたのは40年前のことだそうだが、いまでも当時のことを覚えていて声を掛けて下さるひいき筋がいる。


喜助師匠や染八さんから落語について教えて頂く

「お笑い赤坂亭」を後にしたのは21時半を過ぎた頃。文字通りとっぷり日が暮れて、一歩外に出ると足元も見えないほど。先ほどまで落語談義を聞いていたはずなのに、一体全体ここは都会なのか、田舎なのか。

筆者は赤磐の現実歪曲空間にハマってしまったようだ。
ああ、もう引き返せないかもしれない……。次はどんな手を打ってくるんだ、赤磐?

※註1 寄席
落語を上演している劇場。実際には落語だけでなく、漫才、漫談、奇術、紙切り、などさまざまな芸も上演される。専門劇場である定席(じょうせき)のほかにホール寄席や、学校、敬老会館、旅館、飲食店などでの出張寄席(落語会)がある。

※註2 二つ目
落語の階級のひとつ。前座と真打ちの中間で、師匠の家や楽屋での雑用から解放される反面、自分で仕事(高座)を取ってくる必要が生じる。弟子は取れないが、芸名をもらい、一応一人前と言える状態。

※註3 枕
本編に入る前のフリートーク。観客を温める、噺家が客の性向を掴む、その日の演目を決めるなどといった役割がある。演目の言葉や背景を解説することも多い。

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