女川への滞在が決まった際、「いったいどんな場所なのだろう」と自分なりに調べました。そんな中、1つだけ絶対に見て回ろうと決めていたものがあります。それが、『いのちの石碑』です。

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『これからの町づくりを考えるとき、なによりまず、この町のこれからの防災の仕組みを考えなくてはいけません。「1000年先の命を守りたい」そんな想いを胸に、女川の中学生たちは社会科の授業を通じて、新しい防災プランを作り上げました。「絆を深める」「高台への避難ルート」「記録に残す」という3つのテーマで。この生徒たちのプランを机上のアイデアに終わらせず、具体的に形にするために、町のメンバーで話し合い、ご寄付を募らせていただくことにしました。ご寄付を充てさせていただきたいのは、「記録を残す」というテーマの中の、「町にある21の浜の、津波が襲って来た高さの地点に石碑を建てる」というプランです。』
(「いのちの石碑プロジェクト」ホームページより抜粋)

地元の中学生が、震災の記録を残すために女川の地へ建てた石碑。まだ21箇所すべて完了したわけではありませんが、調べてみると6箇所の所在を確認することができました。しかし1つ1つは距離が離れており、また、所在についても具体的な情報があまりありません。

「じゃあ、走って見つけ、繋いでみよう」

このプロジェクトを知ったとき、頭に浮かんだのはそんな発想でした。

実際に走ったコースについては、『Runtrip』というサイトで公開しています。ここでは詳しい所在に関する情報、そして石碑に添えられたメッセージをご紹介します。石碑にはすべて同じメッセージが彫り込まれていますが、“俳句”はどれも異なっていました。その言葉から、きっと何かを感じ取っていただけることでしょう。

※掲載情報はいずれも取材時点(2016年3月24日)でものとなります

◎第1基:女川中学校

女川駅からほど近く、役場横の坂道を上がった場所にある女川中学校。まさに、この『いのちの石碑プロジェクト』の中心となっている中学生たちが通う学校です。石碑は、校舎正面入口の目の前に建っていました。以前は女川港側からも道が通じていたようですが、通れなくなっています。

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◎第2基:竹ノ浦(神社境内)

女川駅から約6.5km。竹浦港の前にある細い坂道を登ると、途中に神社があります。石碑はその境内に設置されており、海をバックにして建っていました。取材時点では坂道の入口に工事現場があります。また、通常は坂道がそのまま国道398号線(ブルーライン)に繋がりますが、工事によって通行止めとなっていました。場合により迂回が必要です。

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◎第3基:宮ヶ崎(神社境内)

女川駅から約1.5km。国道398号線沿の神社境内にある石碑です。本来は目の前に通っていた道路は工事中ですが、マルキチ阿部商店の工場横を曲がるとたどり着けます。神社へ登る階段も通行止めとなっており、裏手に仮設階段がありました。

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◎第4基:鷲神浜(女川町青少年勤労センター)

女川町と浦宿駅の間に位置する、女川町青少年勤労センター近くにあります。目の前が開けているので、道路脇(女川方面に向かって車道右側)を見ながら移動すればすぐに分かるでしょう。

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◎第5基:尾浦(保福寺境内)

取材時点で女川駅から最も遠く(約8km)に位置する石碑です。国道398号線沿いに看板が出ている大きなお寺なので、迷うことはありませんでした。脇道に入って少し下れば、入口すぐの場所に石碑が建てられています。
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◎第6基:桐ヶ崎

女川駅から約5km、石碑は桐ケ崎の港に向かって建っています。国道389号線から脇道を港に向けて下って行くと、海を向いて佇む石碑の姿が目に入りました。

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石碑は全部で21になる予定とのこと。すべてが揃ったらきっとまた女川を訪れ、石碑21基を繋いだランニングコースを作ります。

「何kmになるのか?」

それは分かりません。でもコースがあれば、車でも自転車でも、あるいは徒歩だって多くの方々が巡れるようになるはず。復興によりキレイに整った町、そして豊かな自然はとても素晴らしいものです。しかし震災という記録は、決して忘れてはならないものではないでしょうか。それは女川に住む人だけでなく、世界中すべての人に向けた願いでもあると思います。

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尚、『女川町地域医療センター』にある『津波記憶石』また、本プロジェクトと深く関わりのあるもの。そこには『いのちの石碑』と同じメッセージが刻まれています。駅から近い立地ですので、東京へ戻る前に立ち寄らせていただきました。冒頭の写真はその側面となり、女川町の被害状況や震源・規模といった、まさに震災の記録が残されています。

女川でのお試し移住ブログも、今回が最後となりました。

本当にあっという間の5日間。毎日走り回っていましたが、だからこそ数多く女川の魅力に触れられたと感じています。もちろん仕事もできましたし、生活するうえで不便はありません。もし少しでも「行ってみたい」という思いを抱いたら、まずは訪れてみてください。見て、触れて、そして交流することで、きっと貴重な時間が得られることでしょう。

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女川を離れる前には、町長にもお会いすることができました。これからの女川がどうなっていくのか、私自身、とても楽しみにしています。本当にありがとうございました!!

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