日本一大きな桃がお出迎え。岡山県赤磐市(あかいわし)にさすらいワーク
桃太郎が入っていた桃もさぞかし大きかっただろうけど、ここには「日本一大きな桃」(住民が使うガスの貯蔵場)がある。岡山県赤磐市。町の名前を聞いても、首をかしげる人が多いかもしれない。平成の大合併で生まれた、今年でまだ12年目の若いまちだ。
東京で会社員をしながら週末に旅人ライターをしている私は、岡山県赤磐市にお邪魔している。岡山というと、一般的に何が想像されるのだろう。私は桃太郎さん。きびだんご。あとは「晴れの日」。岡山県は温暖で穏やかで、晴れの日が多い県として知られている。
住みごこち抜群! 赤坂適塾
赤磐市は、岡山県の県庁所在地である岡山市の北東に隣接している。岡山駅まで車で30分程度と好立地だ。今回、私は市が交流スペースや簡易宿泊所として管理する「赤坂適塾」に拠点を置いて、市内観光や、農業体験をして過ごしました。
「赤坂適塾」は市が管理する施設です。元々あった建物に、岡山生まれの江戸時代の高名な蘭学者・緒方洪庵が創設した「適塾」にちなんだ名をつけたとのこと。。外観もお庭も立派ですが、建物の中もとても使いやすく、清潔で、宿泊するにはありがたすぎる環境です。
地元の人も愛用する「青空市」は、うまいもんの宝庫!
広いキッチンもあるのでさっそく自炊しよう! と、地元の人おススメの「青空市」に行きました。「青空市」といっても、フリマや仮設スペースなどではありません。地元の野菜や果物、加工品を売っている簡易型の商店が市内に点在しているのです。
早速、最寄りの「赤坂青空市」にお買い物に行きました。そこはもう、パラダイスです。とれたての野菜や果物が所狭しと並んでいます。鮮度も素晴らしいですが、価格も素晴らしい。品物にもよりますが、東京の半額~2割引きくらいの感覚です。味噌や醤油なども売っているので、日常の食品関係は地元の方でも青空市で購入することが多いそうです。
おいしそうななめこが売っていたので、壬生菜やネギ、お揚げなどを買いそろえて、この日は雑穀ごはんときのこ鍋。うまみが染み渡ります。食のお供は地元のお酒・利守酒造さんの「酒一筋」。市内を観光している最中にこの地酒の存在を知って、名前のインパクトに惹かれて購入。すっきりしていても深みのある、飲みやすい日本酒です。
市外からわざわざ来る人も! 魅力的な飲食店
自炊もいいですが、素敵な飲食店もたくさんある赤磐。私は滞在中に、市内のイタリアンレストラン、お蕎麦屋さん、ラーメン屋さん、パン屋さんに行きました。
1軒目は、赤磐市の中心部にある「E-flat(イーフラット)」さん。市役所の方に地元のものが食べられるお店を伺ったところ、こちらを教えていただきました。評判通り野菜がとにかくおいしい! ノンアルコールドリンクが豊富なのは、クルマ社会ならではですね。
2軒目は「手打ちそば処 沢正庵(たくしょうあん)」さん。市が発行する情報誌に、「蕎麦好きが高じて脱サラ・移住したご主人が営む行列のできる蕎麦屋」として紹介されていたのですが、さすが蕎麦好き、おいしいの一言です。そして店内の雰囲気も素晴らしい。囲炉裏のある座敷で、癒しの時間を過ごしました。
3軒目は「石窯パン工房 麦のひげ」。店の前に人が溜まっているのが見えたので、「おいしいに違いない!」と思って行ってみると案の定、岡山市内からも買い物客が来る超有名店とのこと。お店の中は所狭しとパンが置かれ、お味も最高でした。
4軒目は「中華そば専門店 仙助」。コクと深みのある豚骨ベースのスープが人気の秘訣。スープはこれ1種類で、トッピングがたまご、もやしなんてベーシックなものから、唐揚げ、ジャンボ餃子、とんかつとバラエティ豊かです。
でも、もちろん赤磐の魅力は食だけではありません。そこで私は、地元のみなさんと交流すべく、二組のご家族の元で農業体験をさせてもらいました。
町の魅力は、地元の人との交流抜きにしては語れない
この記事の読者の中に、「トラクターに乗ったことがある人」はいったい何人いるでしょうか。旅好きの私は今までいろんな乗り物に乗ってきましたが、さすがにトラクターは初めてです(笑)
千葉から移住して農業を営む糸曽さんご夫妻の指導で、なんとかまっすぐ進むことができました。
トラクターの次は、エンドウ豆の芽の周りにビニールテープを巻くお手伝い。エンドウ豆は放っておくとつるが上に伸びず収穫が大変になるそうです。そのため、上に伸びるようにビニールテープで補助するのだそう。農業って本当に手間暇かかりますね! お百姓さんには頭が上がらないです。
続いて、糸曽さんがお世話になっている小引さんの畑でネギの収穫体験。ネギの白いところは元々土に埋まっている部分なので、引き抜くのに思いのほか力がいります。それでも普段しなれないことをやるのは面白いものです。夢中になって抜きました。
暮らしに必要なものは、みんなここにそろっていた
農業体験をさせてくれた糸曽さんの奥様は、赤磐市の移住コンシェルジュも務めています。糸曽さんはジャカルタ生まれ。各地を転々としながら過ごし、赤磐に来る前は千葉に住んでいたそうです。
移住のきっかけは2011年の東日本大震災。発災後に日々の暮らしについて深く考えるようになり、中でも「衣食住の中でも最も大切なのは食だ」と考えたそうです。一方で、日本の農業は衰退していくばかり。そこで「国産の野菜を残すためにも、自分で農業をしたい。」という思いに至って、移住先を探はじめたとのこと。そうして縁もゆかりもない赤磐を選んだ糸曽さんに、「なぜ赤磐だったのか」を聞いてみました。
『移住先の条件として、農業ができる環境で、かつ7つの条件がそろうところと決めていました。
・自転車で行ける範囲に駅がある。
・その駅を通るのはJRなどの廃線の心配がない路線である。
・家の近くに郵便局があって、郵便の面でもお金の管理面でもやりやすい環境である。
・家から徒歩圏にスーパーがある。
・家の近くに市役所があって、移住する上での手続きがしやすい。
・子供がいるので、家の近くに学校がある。
・高速道路のインターが近くにある、空港までのアクセスが良いなど、交通の便がいい
これを満たしてくれたのが赤磐でした。』
『それに、赤磐は地理的にとても恵まれています。晴れの日が多い岡山県にあって、自然もたくさん残っているのに岡山市に隣接しているので利便性も高い。四国にも日本海側にも大阪にも2時間程度で遊びに行ける。私たちにとって暮らしに必要なものは、みんな赤磐にそろっていたのです。』
確かに、糸曽さんの言うとおりだと思いました。赤磐をめぐっていて、私はふと「暮らしの拠点」という言葉が思い浮かびました。適度に田舎で適度に都会で、昔からの住人がいる一方で移住者にも開けていて、食も豊かで気候も温暖。移住先を考えている人には、ぜひ一度行ってみてほしい町です。丁寧に対応してくれる市役所のみなさんと、移住の先輩たちが待っています。
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