最初、目を疑ったが、見間違いではなかった。確かに、鳥居の向こうで参道を見守る石の「狛犬」の全身から、ゆらゆらと白い影が立ち上っている。朝日に照らされた井波八幡宮のその光景は、神秘的とか荘厳という言葉だけでは言い尽くせない、なにかこう、心臓をぐわっと掴まれたような衝撃があった。
「すげーところに来たんだなぁ」という感想。これこそ、旅の醍醐味。
旅をしながら、さすらいながら、執筆やものづくりにチャレンジするっていうのが今回のテーマ。地方を訪れつつ仕事と交流を体験する「さすらいワーク」の企画に参加する形で、僕は11月3日から3泊4日で富山県の南砺市を訪れました。
南砺市ってどんなところ?
富山県の西の端、石川県との県境に位置する南砺市。僕は、富山県自体が初めてなので、もちろん南砺市に訪れたのも初めて。事前にちょっと調べた感じだと、世界遺産があって、温泉があって、空気と食べ物がおいしいところ、と。
一番興味を持ったのは、井波彫刻という木工彫刻が盛んな町があるということ。町内に木彫技術者がなんと約200人もいて、古くからの伝統工芸を今に伝えている。それはぜひ見てみたい。富山空港を降り立ち、僕はさっそく南砺市の井波に向かいました。
いざ、南砺市へ
「まいったな、こりゃ」
レンタカーで高速に乗ったあたりで、突然の大雨。ワイパーを二倍速にしても全然追いつかない。ここ10年近くも黄金に輝くペーパードライバーの僕は、車の運転がそれほど得意でない。20代の頃にしばらくアメリカで生活していたため、右車線左ハンドルの運転に慣れ過ぎ、今でもウインカーを出そうとしてなぜかワイパーを動かしてしまったり。運転席がいろいろ反対なので、車庫入れとかもすごく苦手。ひたすら安全運転で、ナビを頼りに南砺市を目指しました。
羽田空港から富山空港までは、飛行機で1時間もかからないくらい。空港から徒歩5分くらいのところにあるレンタカー屋さんで予約しておいたコンパクトカーを借り、そのままドライブ。高速を使って、空港から南砺までは50分くらいですかね。高速代は片道850円。結構あっという間です。
早めに着いたので、たまたま見つけた中華屋さんで台湾ラーメンを食べて、そのままぶらりとあたりを散歩。ひとり旅なので、そこらへんは気楽なものです。噂通り、街のあちこちに木彫りの彫刻が立ってて、そして工房らしい建物がちらほらと。雨は、降ったり止んだり。傘差したと思ったらいつの間にか日差しが照ってたり。不思議な天気。
「井波彫刻総合会館」に隣接する「木彫りの里」を覗きつつ、公園に立っている彫刻を鑑賞しました。
古民家を再生したゲストハウス「TATEGU-YA」
そうこうしていたらチェックインの時間になったので、初日の宿「TATEGU-YA」へ。ここは、築50年の建具屋だった建物をリノベーションしたゲストハウスで、雑誌でも紹介されるような素敵な宿です。「ベッド&ブレックファスト」ならぬ「ベッド&クラフト」をテーマに、希望者には木彫り体験などもすることができます。
最大5人も泊まれる素敵なゲストハウスに、たったひとりで泊まれるぜいたくをかみしめつつ、次は家族で来たいなぁとも思ったのでした。
井波彫刻発祥の地とその歴史を感じる
南砺二日目。早朝に訪れたのは、「井波別院瑞泉寺」という、井波彫刻発祥の地ともいえる場所。1774年にこのお寺を再建するために京都から彫刻師たちが派遣され、そこで地元の人たちが彫刻の技術を学んだことから、井波彫刻は生まれました。
瑞泉寺への入り口からちょっと右手脇の方にある勅使門に彫られた「獅子の子落とし」こそが、井波彫刻の祖となる作品と言われています。ここ、ポイントなので、井波に行ったら絶対見るように。(実はこの情報、お寺の方に教わったんだけどね)
学生時代、僕はアメリカの大学で陶芸彫刻を専攻していました。粘土を焼成してつくる彫刻がメインですが、学ぶ過程で木工、鉄工、石膏、ブロンズなど、いろいろな素材を使って制作を行った経験があります。アート作品は、見るのも創るのも好きです。
お寺を見学した後、立ち寄ったのが冒頭の「井波八幡宮」。前日の雨で湿ったところが朝日に照らされ、温まった狛犬の表面の苔や、木の根などからもやもやと水蒸気が発生していて、それはそれは素晴らしい光景でした。写真や言葉でこの感動を伝えられないのが残念で仕方ない。
井波彫刻総合会館でゆっくりと彫刻作品を鑑賞し、隣接の道の駅で「天神様」の即売会を覗き、木彫りの里からそこかしこに立つ木彫作品を眺めつつ、大門川河川公園へ。ここにも、彫刻作品が飾られていました。本当に、街のあちこちで木彫作品をみかけます。
南砺市井波では、4年に1度「南砺市いなみ国際木彫刻キャンプ」というイベントが開催され、「木彫りを通して世界をつなぐ」というテーマで、世界各地から集まった木彫刻家がその場で公開制作を行うらしいです。2015年に第7回のキャンプが行われ、次回の開催予定は2019年とのこと。
松島大杉、井波城跡、臼浪水などを散策し、八日町通りの井波美術館を見学し、自然と史跡と文化を堪能した後、2日目からの宿泊場所を案内してもらうために、今回の「さすらいワーク」企画のホストでもある「南砺で暮らしません課」へ。
「南砺で暮らしません課」のご紹介で里山の一軒家に宿泊
「南砺で暮らしません課」とは、正式には「南砺市役所市民協働部 南砺で暮らしません課」という富山県の南砺市役所の部署のひとつで、南砺市のまちづくりや、広報、婚活支援、定住・空き家対策などの業務を行っています。定住支援ということで、移住を検討している個人や家族のために、空き家を改装して「体験ハウス」として貸しています。
今回僕が宿泊したのは、南砺市の中心部から車で30分ほど行ったところにある、里山の一軒家。「太美山体験ハウス」という古い農家をリフォームした建物です。これがまぁ4LDKもあってとにかく広い。すぐに地元での生活を体験できるように、冷蔵庫や炊飯器、電子レンジ、基本的なキッチン用品などは備え付けられています。Wi-Fi環境もあり、問題なくインターネットに接続できました。
今回の旅は、この富山県南砺市の「南砺で暮らしません課」と、地域での仕事と体験をつなぐLOHAIの「さすらいワーク」がコラボして実現した企画です。ネット環境があればどこにいても仕事ができる時代、都会を離れて全国どこでも仕事をしたり、あるいは地域に仕事を創生したり。全国各地をさすらいながら仕事をするという、新しい働き方を提唱しています。
実際僕も、自分のブログ記事や、Webメディアに寄稿する文章を移動中や宿に泊まりながら執筆したり、チャットを使ってミニサイトづくりワークショップの会議に参加したり、仕事のメールチェックやタスク処理も宿泊体験をしながら行うことができました。「仕事をするために旅をする」という、貴重な体験ができました。
この「さすらいワーク」の面白いところは、それぞれの地域で自分の仕事をするだけでなく、地元の人たちの仕事を手伝ったりもできること。今回僕が体験したのは、自然栽培米を育てている農場での農業体験です。
なべちゃん農場での農業体験
今回お世話になったのは、南砺市太美山地区の里山で「なべちゃん農場」を営む渡辺さんと、そこで共に働いている綱川さん。渡辺さんは自然栽培にこだわり、農薬や除草剤を使わずに野菜づくりや米作りを行っています。
今回僕がお手伝いしたのは、お米を精米した時に発生するもみ殻を炭にして「燻炭」を作るという作業。籾殻を炭化したものを田んぼに撒くことで、土の保水性や通気性を向上させ、酸性を中和し、よりよい土づくりに役立てることができます。籾殻を燃やすのではなく、酸欠の状態で炭化させるのがポイント。仕上がりは真っ黒ですが灰のように崩れたりはせず、籾殻の形がしっかり残っていました。
その後、精米とパッケージングの作業も体験させていただきました。それぞれ役割の違う最新の機械が並んでいるのを見て、かなりテンションが上がります。昔ながらの手法で燻炭などを使いながら自然栽培を行いつつ、しっかりと最先端の米選別機や精米機を導入するあたり、さすが最先端の農業だなぁと感心しました。農業の現場も、どんどん進化しているんですね。
田んぼも見学させていただきましたが、この周辺はイノシシが出るらしく、敷地を囲うようにアメリカ製の電気鉄線が張り巡らされていて、ここらへんのテクノロジー導入もすごいな、と。実際、柵のすぐ脇にはイノシシの足跡や土を掘り返した形跡もあり、電気柵がちゃんと役に立っているようでした。
お昼ご飯に、自然栽培でつくった新米のおにぎりと、手づくりのお新香がめちゃめちゃ美味かったです。渡辺さんと、綱川さんと、お昼ご飯を食べながらいろいろとお話を伺いました。お二方とも、今まで僕が知っているいわゆる「農家さん」とはだいぶ違うタイプの方たちで、お話していてすごく面白かったです。
渡辺さんは本当に行動的でパワフルな方で、自然栽培を実践しているのもそうですけれど、アウトドアテントをうまく活用したおしゃれな無人販売所をつくったり、販促用の「のぼり」をつくったり、その場でするするとかなり上手なPOPを書いたりなど、本当に多才でアクティブな方です。綱川さんは、もともとは東京の方なんですが、釣り好きが嵩じて南砺に移住したという経歴の持ち主。釣りの本も書かれています。
新しいものと伝統的なものが融合したまちづくり
今回、南砺を訪れてみて、古いものと新しいものが良い感じに融合した街だなと感じました。お寺の装飾をきっかけに生まれた伝統的な井波彫刻が、建築の中で欄間や衝立づくりにも生かされ、さらにはエレキギターになったりなど、時代と共に新しい文化と融合されています。
歴史のある建具屋を再生したゲストハウスや、農家を改修した体験宿泊施設など、まさに古いものと新しいものの融合だと感じました。
自然栽培の米作りを支える最新の技術や知識など。今までの農業を継承しつつ、新しい方法を模索し、チャレンジし続ける姿は感銘を受けました。
最後に、このような「さすらいワーク」の取り組み自体が、町おこしの新しい形なのではないかと感じました。インターネットやSNS等を活用しつつ、積極的にコミュニケーションを行い、実際に外部の人が街を訪れることによって、そこからいろいろなきっかけが生まれ、広がっていくということ。とても有意義な体験をさせていただきました。南砺市で出会った皆さん、そしてさすらいワークの担当者さんに感謝です。ありがとうございました。
この自治体へのさすらいワークのエントリーはこちらから受け付けています。